[コーチの為のウェア作り]

ルースは昨シーズンより「コーチの為のウェア作り」を始めました。それはルースの企画チームがジュニア世代の練習に通ってる中で誕生したプロダクトです。
コーチたちは太陽がサンサンとさす炎天下の日も、雨の降る中でも、風の強い寒い日も変わらない情熱で、下の学年から上の学年まで1日の長い時間屋外で指導し過ごしています。
それは見た目以上に過酷な仕事です。子供達が集中して取り組める練習メニューを考える、全員に目を配る、集中してない子に声をかける、休むまもなく戦術ボードを使ったり、大きな声で子供達をまとめ上げる。水をゆっくり飲む間もなく、ポケットに入ったペットボトルで、シルエットがパンパンのポケットがその真剣さを物語っていました。
そしてこのコーチたちをサポートできる、よりスタイリッシュで機能を追求した「コーチのためのプロダクトを製作したい!」という思いで誕生したのが THE WORKING MAN [TWM] なのです。

TWM

INSPIRATION STORY
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INTERVIEW with
Football Coach

コーチ達のリアルを届けたい!!今回は愛知県安城に綺麗な人工芝コートとクラブハウスを構えるブリンカール FC に潜入しリアルな現場を撮影させてもらいました。Jリーガーも数名輩出し、フットサルの全国大会で数回優勝するなど、フットサルをうまくサッカーに落としこみ、個性豊かなチーム作りに定評があるブリンカール FC。そのチームの生みの親で代表を務める古居氏にインタビューしそのルーツから哲学まで語ってもらいました。

SHUMPEI FURUI
BRINCAR FC

ブラジルに憧れて

LUZ/まずは古居さんの生い立ちを簡単にお聞きしたいのですが、どこ出身なんですか?

FURUI/愛知県安城市です。小、中、高サッカー。高校は刈谷の高校に行ったから市外に出たけど、基本的に愛知県ですね。 サッカーは小学2,3年生位からはじめました。キャプテン翼世代だから(笑)

LUZ/高校までやってそれからは?

FURUI/高校卒業してもうちょっとサッカーを追求したいなと思って、当時三浦カズさんがちょうど日本に帰ってきて大活躍し始めた時で。ブラジルっていうのにすごく憧れて、高校卒業したら行きたいっていうので親を説得して1年間ブラジルへ行きました。

LUZ/ブラジルはどこ行ったんですか?

FURUI/サンパウロ州。そこの18歳以下のジュニオールっていうカテゴリーで練習して良ければ登録して大会出られるみたいな。運良く大会も登録して出られたりして。それで経験積んで最終的には日本に帰ってきてセレクションとか受けたいと思ったからそこで1年間やりました。

LUZ/ブラジルのその1年という経験が今の古居さんの原点になっているんですか?

FURUI/そうですね、今思えば逆に情報もなかったからチャレンジも出来たというか、怖さも知らないですし。今は色々調べるから前もって準備出来ちゃう。当時はただ行きたいっていうだけで。18歳の子が1人で飛行機乗って韓国で乗り換え6時間。乗り換えの仕方どうやってやるかわからない。そこからアメリカ行って乗り換えて、そこからサンパウロ行って30数時間を移動するわけだから。そして全く知らないところに行って宿舎になんとか着いて。今思えばよくやったなと思いますね。生活とか含めてあれ以上大変なことは日本ではないし、自分でなんとかしようとする精神は芽生えました。だからバックボーンには「なんでもできる」っていうのはありますね。

LUZ/ブラジルでのプレー環境はいかがでしたか?

FURUI/コーチも監督も誰も助けてはくれない。全部自分でやらないと次に進めない。紅白戦も日本人は最後の最後になってしまう。45分ハーフの紅白戦で最後の15分しか出られないのをずっと見て待っているのか。大体が見て待っている中、自分は1年という限られた期間だったからアピールするつもりではなかったけど、その時間走ったりボール蹴ったり。自分で時間をどう過ごすか、考えてやり始めて。そうしていると他の選手もやりだして、チームもそういう風になってきて。試合に出る時間も増えてきて、結局自分でやっていったら評価もされてちょっとずつ出場機会ももらえたんです。「何もしないと生まれないけど、行動に移すと結果に結びつくんだな」と学ぶことができました。今思えばよく行ったなと。もう今は行きたくない(笑)あんな不便で治安が相当悪いとこ。(笑)

指導者の道へ

FURUI/その後サッカー現役辞めて指導者になろうと思いまして、昔から色々お世話になってる方が静岡でフットサル場をやってまして、その人のところで4年間、コーチから運営まで学びました。「修行して最終的に愛知に帰ってくる」とはじめから決めていたので。当時の愛知はフットサル場とかサッカーする環境とかすごく悪いなと思っていたので。静岡だと小学校、中学校に全部照明まであって、週7みんなサッカーの練習ができる環境があるのに、愛知にはなかなか無くて。だから照明があって子供たちがちゃんと蹴れる場所が欲しいなと思って愛知に帰ってきてグラウンド探しからはじめました。

LUZ/まさにゼロからのスタートですね。

FURUI/1年ちょっとぐらいは地元のチームを見ながら収入はないプー太郎みたいな、フリーターでもなく、何もしていなく、ずっとグランドを探しているっていう状態でしたね。結婚していたけどね(笑)
2005年くらいからずっと探していて、1年経ってやっと縁があって「やっていいぞ」という話に出会って。夜会食で社長に会う機会があって説得というか自分のビジョンを伝えて、最終的に許可を取れて「やればいいじゃん」という話になって。その時は何もないから自分で会社作りなさいと言われ、会社作って、個人事業主になって。全く経営のノウハウもないし、やり方もわからないし、全部ゼロから。そこからのスタート。全てが挑戦でしたね。

サッカーとフットサル

LUZ/それから十数年積み重ねて今はJリーガーも輩出するクラブにまで成長しましたね。ブリンカールFCはフットサルをうまくサッカーに落とし込んでるチーム作りの印象がありますがそのハイブリットスタイルになるきっかけはあったんですか?

FURUI/やはりブラジルじゃないかな。そこが原点。当たり前のように日常にストリートサッカーしていて、みんな面白いことにクラブチームやサッカーチームで練習やっているけど、帰ってきたら今度は近所の子で集まってフットサルしてる。
高速の高架下とか、コンクリに囲まれた空き地とか。年上の人から子供までみんなで蹴っているけど、その真剣度合いが衝撃でしたね。戦術とかそういうの関係なく、すごい熱量とテクニックで、年齢がみんな違う中でボール蹴っているのを見て。こんな面白いことないなって思って。もちろんゴールも近いし、サッカーと違ってゴール前の回数もすごく多いから、ボールコンタクトも多いし。面白い競技だなというのはその時知って。

LUZ/そういう体験からフットサルの練習というか考え方を取り入れようしようと思ったんですか?

FURUI/フットサルというよりは、スモールサイドゲームの中でのゴールへ向かう為の技術と、狭いが故に必要となってくるものをやっていたら後付けでフットサルだったという。だからフットサルをやったというよりも、狭い局面の中でやったトレーニングを追求していく過程としてフットサル的になったのかなっていうのはあります。

終わりに

LUZ/今後のヴィジョンなどお聞かせください。

FURUI/スポーツの価値を衣食住の中に根付かせたいっていうのがありますね。ルースがカッコ良くサッカー、フットサルの生活をコーディネイトする様に、うちもただサッカーするだけではなく、ゆっくり出来る付加価値。コーヒー飲めるとか、施設はトイレが綺麗で行きやすいとか。それって誰かというと保護者とかついてきた彼女とか。サッカー行こうよという後押しする人が出てきたりとか。そういう人達も取り込んで応援してもらう場所、そういう場所にして行かないといけないんじゃないかなと。自分も行った時にそう思うし。家族を連れて行きたい場所なのか連れて行きたくない場所なのか。

LUZ/フットサル場は劣悪な環境の場所も多いですからね(笑)
ブリンカールさんは プロのクラブハウスレベルの建物で、中も清潔だし驚きました。なかなかここまで整ったクラブはないですね。

FURUI/仮設トイレ、仮設事務所、着替える場所もない、では行きたくないですよね。着替える場所もちゃんとプロと同じロッカールームで着替えるとか、終わった後にちゃんとシャワーあるとか、トイレもちゃんと綺麗だとか。 ”スポーツ=汚くてもいい”ではなく、環境は良く、気持ち良く、カッコ良くていうのは目指しています。お客さんの満足度を含めて。

LUZ/最後にコーチとして子供達に伝えてることなどあれば教えて欲しいです。

FURUI/「フットボールで繋がるひとつひとつの出会いを大事にしなさい」と伝えています。最終的には自分を助けてくれる。出会いは財産と思っているからいろんな人と会ったり、話したり、すべて人。人を大事にしない奴は最終的には大事にされなくなるから。人と出会いを大事にしてほしいなと伝えてます。

LUZ/今日は貴重なお話ありがとうございます。